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最高裁判所第二小法廷 平成6年(行ツ)211号 判決

東京都東大和市芋窪二丁目一九一五番地の一四

上告人

柴田松年

右訴訟代理人弁護士

小田修司

今村敬三

東京都立川市高松町二丁目二六番一二号

被上告人

立川税務署長 片田達雄

右指定代理人

大竹聖一

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行コ)第一四四号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成六年七月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小田修司、同今村敬二の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、原審の適法に確定した事実関係の下においては、上告人が本件長期譲渡物件の譲渡をした日の属する年の翌年に当たる昭和六二年の一二月三一日を経過した後にされた本件再延期申請を不適法とした原審の判断は、結論において是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

(平成六年(行ツ)第二一一号 上告人 柴田松年)

上告代理人小田修司、同今村敬二の上告理由

第一 原判決は、租税特別措置法(以下、法という。)三七条四項かっこ書きの解釈・適用を誤っており、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

一、取得期限の再延期(再延長)申請は認められる。

1、法三七条は、個人が一定の条件のもとに、同条一項の表の各号の上欄に掲げる資産のうち事業の用に供しているもの(以下「譲渡資産」という)を譲渡し、その代わりに当該各号の下欄に掲げる資産((以下「買換資産」という)を取得して事業の用に供した場合又は供する見込みである場合には、課税の繰延べを行うことができると定めている。

この場合、買換資産の取得には一定の期限があり、原則として譲渡資産の譲渡の年中に買換資産を取得しなければならない(同条一項)が、同条四項は譲渡資産の譲渡の年の翌年中に買換資産を取得する見込みであれば良いとし、さらに同条四項かっこ書きは譲渡資産を譲渡した年の翌年の一二月三一日後二年以内において、税務署長の認定した日までの期間内に買換資産を取得する見込みであれば良いとする。

問題はこの四項かっこ書きの税務署長の認定した取得期限について、再延期が認められるかである。

2、この点原判決は、「期間の延長は例外的・補完的に認められたものであり、……税務署長が…認定した日は、例外的な延長が認められる最終の期限」だから、買換資産の取得期限の再延期は認められないとする。

しかし法三七条四項は、買換資産の取得が譲渡資産を譲渡した年と同じ年に取得すること(同条一項)ができない場合でも、なお企業基盤の強化拡充・企業資本の有効利用という見地から、課税を譲渡時から取得時に繰延べることを認めたものであり、さらに四項かっこ書きも同様の趣旨から、取得期限の一層の緩和を図ったものにほかならない。

すなわち、四項かっこ書きは、企業の財政基盤の保護という政策目的を達成するため、あえて一項の取得制限を緩和する点に立法趣旨があるのである。とすれば、原判決のいうように、例外的・補完的な規定であるから要件・効果を厳格に解釈しなければならないと解するのは、立法趣旨を無視した形式的な解釈と言わざるを得ない。

たしかに例外的・補完的に取得期限を緩和する以上、一定の枠付けが必要である。そこでこの点を考慮して、法は四項かっこ書きについては明文で「政令で定めるやむを得ない事情」「(買換)資産を取得することが困難である場合」「税務署長の承認」を要件としている。しかし、再延期が認められないことは条文上なんら触れられておらず、むしろ四項かっこ書きが一定の取得制限を緩和する点に立法趣旨があることを考えると、例外規定だからといって明文で書かれていない要件・効果についてまで厳格に解する必要はないはずである。

しかも本条は、取得期限の緩和といっても要するに一定期間の課税の繰延べを認める規定にすぎない。

これを例を掲げて説明すると、取得価額三〇〇万円の資産を一〇〇〇万円で譲渡し、一〇〇〇万円で買換資産を取得した場合、本来ならば譲渡収入一〇〇〇万円から取得価額三〇〇万円を差し引いた七〇〇万円について譲渡時点で所得税が課されるところ、法三七条の適用をうけた場合、この時点では課税されない。しかしながら、かかる課税の免除は恒久的なものではない。所有者が買換資産を後に二〇〇〇万円で譲渡した場合には、本来であれば売買価額二〇〇〇万円から買換資産の取得価額一〇〇〇万円を差し引いた一〇〇〇万円について課税されるはずであるが、法三七条の適用をうけた場合は、売買価格二〇〇〇万円から譲渡資産の取得価額三〇〇万円を差し引いた一七〇〇万円について所得税が課されるのである。

このように、四項かっこ書きは課税の免除・減少といった納税者に積極的に利益を与える規定というよりは、むしろ高額の譲渡税が直ちに課税されることによって企業財政がその分だけ圧迫を受けることを防止する規定である。とすれば企業財政の保護という政策目的に合致する限り柔軟な解釈・運用がはかられても不都合はないはずである。

従って取得期限の再延期も、企業財政の保護に役立ち得る以上、認められると解すべきである。

3 また判決は「具体的事案における期限の設定」は「税務署長の審査認定に係」っており、「申請により税務署長が具体的事情を審査して……認定した日は、例外的な延長が認められる最終の期限であ」ると述べている。

たしかに税務署長が最初の延期申請の段階で十分に審査した上で認定するのであれば、その認定した日を最終期限としても良いであろう。

しかし実際には延期申請が多数なされることもあって、税務署長は個別の具体的事情を十分に審査することなく判断を下しているのが一般的であり、場合によっては延期申請書に記載した取得予定日をそのまま税務署長が取得予定日とすることもある。現に本件も原判決の判断によれば、まさにそのケースであって(その判断の妥当性は二1で述べる通り極めて疑問であるが)、延期の「申請をそのまま承認し控訴人の求めたとおりの日を取得期限と認定したものとみるべきである」と判示している。

すなわち、税務署長の認定は一回限りのものとすべきほど成熟した判断ではないのである。従って税務署長の審査が十分になされていることを前提として再延期申請が認められないとする原判決の解釈は、成り立たない立論である。

4 以上のことを考慮して、実務上も再延期申請を認める運用が広く行われている。

この点原判決は「現在の課税実務においてそのように(再延期申請を認めること--引用者注)取り扱われているのが一般的であると認めるべき資料はない」とする。

しかし現在の課税実務では、初度の申請と異なり、具体的事情を申し立てて再延期申請をした場合には、税務署長は当該具体的事情を調査して、再延期申請を承認するか否かを判断することが多い。すなわち具体的事情において再延期が妥当と認められるケースでは、再延期を認める方向での運用が広くなされているのが実状なのである。

再延期が認められた事例は無論多数あるが、付属書類として提出したのは平成三年に藤沢税務署長の承認した例である。これは四項かっこ書きの申請につき一〇か月もの再延期が認められたばかりでなく、結局その再延期で認められた取得期限を約二か月も越えた時点で買換資産を取得した場合でもなお法三七条の適用を認めたという例である。このような柔軟な運用も決して稀ではない。従って再延期がみとめられないとする原判決は、実務の現状を十分認識しておらず、実務の現状から遊離した解釈を展開していると言わざるを得ない。

二 取得期限の再延期申請が認められないとしても、取得期限は延期申請書に記載した取得予定日に拘束されない。

1 原判決は四項かっこ書きの延期申請について、「税務署長が右申請(延期申請のこと--引用者注)を是認しない旨の対応をしたと認められる証拠はないので、右申請をそのまま承認し、控訴人(上告人=申請人と同一--引用者注)の求めたとおりの日を認定したものと見るべきである」とする。

2 しかしそもそも延期申請書に記載した取得予定日(本件では昭和六三年五月二〇日)は、認定にあたって何ら税務署長を拘束するものではない。本来、延期申請書に取得予定日を記載させるのは、取得期限の認定権者である税務署長に認定のための判断材料を与えるためにすぎず、この点は被上告人(立川税務署長)の側も再延長申請書につき「取得期間の延長についての事情説明書である」と認めているところである。

すなわち、税務署長は、延期申請書に記載した取得予定日が適正なものであるか否かを他の資料とも照らし合わせながら、法が定める二年以内の範囲で、あくまで独自の立場で取得期限を認定すべきであって、申請人の申請した取得予定日に拘束される筋合いのものではない。

また仮に税務署長の認定が延期申請書に記載した取得予定日に拘束されるとすると、再延期が認められないことと合わさって、最初に申請する際の取得予定日をできるだけ先に延ばした方が申請人にとっては有利となり、合理的・現実的な取得予定日を記載した者(本件上告人のケースである)がかえって不利になるという極めて不公平な結果が生じる。このように不公平な結果を放置しておくことは、法律に素人である納税者にとって酷であるというばかりではなく、公平を旨とすべき税務行政全体にとって大きなマイナスであって、税務行政そのものが立ち行かなくなるおそれもあるといえる。

3 さらに本件は税務署長が申請人の四項かっこ書きの延期申請に対して承認するか否かの明確な返答をしなかったケースである。同項はこのような場合、いかに解するかについて特に定めていないが、税務署長が延期申請を「是認しない旨の対応をしたと認められる証拠はないので、右申請をそのまま承認し」たものと解するのは極めて不合理である。

延期申請に対する税務署長の承認・不承認は行政処分にほかならないが、行政処分の相手方に処分の時期・内容を正確に知らしめ、以て私人の権利利益を保護するためには、明確な意思表示が当然必要である。近年成立した行政手続法も第一条でその制定目的が「行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資すること」にあると定め、各条で行政手続の明確性を様々な角度から確保しようと努めている。税務署長が処分にあたって明確な意思表示をなすべきことは、まさに行政手続法の要求するところといえるし、特に延期申請が不承認になった場合には実質的な不利益処分といいうるから一層明確な意思表示が必要といえる。

従って、本件のように税務署長が申請人の四項かっこ書きの延期申請に対し承認するか否かの明確な返答をしなかった場合には、およそ取得期限の認定がなかったと解するべきであり、原判決のように是認しない旨の対応をしたと認められないからそのまま承認したものと解するのは妥当とはいえない。

4 以上より本件では再延期申請が認められないとしても、買換資産の取得期限は四項かっこ書きの延期申請に記載した取得予定日に限られないと解すべきであり、取得予定日を取得期限とする税務署長の認定があったものとしてその期限を越えた買換資産の取得に法三七条の適用を認めなかった原判決は、同条四項かっこ書きの解釈・適用を誤ったものといえ、判決に影響のある法令違背があるといえる。

第二 信義則違反

一1 上告人が昭和六三年五月一七日、法三七条四項かっこ書きの取得期限の再延期(再延長)申請を行ったところ、再延期が認められないのであれば税務署長は直ちに不受理又は更正処分をなすべきであったにもかかわず、それらをなさずに、むしろ担当の竹谷浩一調査官(以下「竹谷」という。)は上告人に対し「昭和六三年一二月三一日までに買換資産を取得すれば、法三七条の適用を認め、課税の繰延べを認めるから早急に買換資産を取得するように」との指導を幾度も行っていた。

2 課税処分についても法の一般原理である信義則の法理(民法一条二項参照)の適用が、一定の場合認められることは最高裁昭和六二年一〇月三〇日判決が明らかにする通りである。

そして本件において上告人は、一般に四項かっこ書きの取得期限の再延期が実務上広く認められているため、当然上告人自身にも適用があるはずとの認識のもとで、しかも竹谷の具体的な再延期を認める指導に従って買換資産の取得手続を進めたものであるから、右判決にいう「税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼し」たものにほかならない。また、実際に上告人は竹谷の指導に従って買換資産を取得したのであるから「納税者の責めに帰すべき事由」がなく「(税務官庁の前記表示への)信頼に基づいて行動した」のであり、結局法三七条四項かっこ書きの適用を受けられず「右表示に反する課税処分」を受けざるを得なくなったものである。

以上の事実からすれば、本件は「租税法規の適用における納税者の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合」といえる。特に本件では、取得期限の再延期を認める取扱が実務の大勢である以上、本件上告人に取得期限の再延期を認めることこそが納税者の平等、公平という要請を満たすことになるはずであるし、むしろ税務署での調査官の具体的な指導を信じて行動した本件上告人に法三七条四項かっこ書きの適用を認めないことこそ納税者の平等、公平という要請に反するといえる。

二1 ところが原判決は竹谷の申述書に基づき、昭和六三年六月上旬頃、取得期限の再延期申請は認められない旨を竹谷が上告人の側に対して説明したとする。

しかし事前に上告人及び上告人の税理士がそのような説明を受けていたとすれば、課税の繰延べの特例が受けられないにもかかわらず、高額な所得税(約七四二〇万円)を支払った上で、なお高額な代金を支払ってまで買換資産を早急に購入しようとするはずがない。

上告人は税理士と相談のうえ、再延期申請を行った後、各種物件を調査して物件の取得手続を進め、現に昭和六三年末の一二月二七日に仙台に三つの物件を取得したのである。上告人のこれらの行動からすれば、竹谷の側から昭和六三年中に買換資産を取得すれば法三七条四項かっこ書きの適用を認める旨の具体的な指導があったとみるのが経験則に照らした合理的な判断といえる。

2 従って、竹谷の申述書を全面的に信用し、信義則の適用が認められず、控訴人は仙台物件について法三七条の買換えの特例の適用を受けることはできないものであるとした原判決は、判決に影響を及ぼす法令の違背があるといえる。

第三 審理不尽の違法

一 前記第二の一及び二で述べたように、上告人は〈1〉四項かっこ書きの取得期限の再延期申請が具体的事情に応じて広く認められており、しかも〈2〉本件では、担当の竹谷から昭和六三年中に買換資産を取得すれば、法三七条四項かっこ書きの適用を認める旨の具体的な指導があったためそれに従ったものである。

二 まず〈1〉について、原判決は「控訴人は、課税実務では右二年の期間内(譲渡資産を譲渡した年の翌年の一二月三一日後二年以内--引用者注)で再延長を認めていると主張するが、現在の課税実務においてそのように取り扱われているのが一般的であると認めるべき資料はない。」とするが、これは十分に証拠資料を検討した上での判断とは言えない。

仮に一般的に再延期が認められないのであれば、上告人(控訴人)の再延期申請に対して直ちに再延期が認められな旨を税務署側は告げたはずであるのに、被控訴人の側がおこなったと主張する(その真偽については次の三参照)再延期が認められない旨の指導の期日も、再延期申請の数週間後の昭和六三年上旬頃なのである。またそもそも一般的に再延期が認められないのであれば控訴人は再延期申請自体を行わないはずであるし、買換資産の取得に奔走したりしないはずである。高額な所得税がかかってくることはないと考えたからこそ、買換資産を取得したのである。

原判決はこれらの疑問点を無視する形で現在の課税実務一般について判断を下しており、審理不尽の違法があると言わざるを得ない。

三 次に〈2〉について、原判決は「乙第一四号証によれば、税務署長は(右)再延期申請書が提出されて間もない昭和六三年上旬ころ期間の再延期は認められない旨控訴人に説明していることが認められるので」信義則違反はないとする。

第二、二1で述べた通り、本当にかかる説明があったのであれば、控訴人はあえて昭和六三年中に仙台の三物件を取得しなかったはずと考えるのが経験則に照らしても妥当な判断であるから、乙第一四号証たる竹谷の申述書はその点で虚偽が含まれていると考えられる。またそもそも竹谷の申述書は国税局で国税訟務官の立会いのもとに作られたいわば内部文書的な書類でその客観性に疑問があるばかりでなく、作成時期も昭和六三年六月から五年近くも経った平成五年四月であるし、逆に五年近くも経っているのにいつ誰に対してどのような説明をしたかについて奇妙に正確な所もあり、極めてその信用性に疑問がある文書である。

そこで竹谷の説明の有無について明らかにするべく、控訴人は竹谷を証人として申請したが、原審は弁論を再開することなく、竹谷の申述書の記載を信用しうるものとして判決を下した。

一方の当事者の申述の真実性を疑わしめる反対当事者の側の証拠があるのに正当な理由なくこれを軽んじ、一方当事者が内部的に作成したに過ぎずその内容自体から判断しても信用性の低い申述書の記載を全面的に信用する。しかも申述内容の真実性を確かめる簡潔な方法(証人尋問)があるにもかかわらずこれを採用しない。以上のような原審の態度には判例で認められるところの明白な審理不尽の違法があると言わざるを得ない。

以上述べた通り、原判決には判決に影響を及ぼす法令の違背及び審理不尽の違法が認められるので、原判決を破棄し、さらに相当な裁判を求めるものである。

以上

(附属書類省略)

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